2024.03.07

浜名高校 令和5年度卒業式に寄せて


3月1日(金)に令和5年度卒業式を挙行しました。式辞の一部を抜粋して紹介します。

 ああ春はわれらの呼吸をふかくし 春はわれらの心をふかくする
 ながいながい冬の日の不如意の後で 堅い氷をおし破つて帰ってくる春の日は
 われらの心をのびのびと 今日の烟つた野山の間へ 天の一方へ解き放つ
 令和6歳は、能登半島で起きた大きな災害で幕を開け、季節外れの暖かさと厳しい寒さの落差で、心穏やかならぬ冬となりましたが、菜種梅雨を思わせる長雨を経て春の兆しを感じ、冒頭の本校校歌作詞者の三好達治が詠う「春の日の感想」の一節のように、新たな旅立ちを連想させる日和となりました。卒業生357名の皆さん、御卒業おめでとうございます。3年間の皆さんの努力と研鑽を心から讃えます。

 さて、本校が所在する浜北の地は、かつて遠州織物の一大生産地であったことに異論を差し挟む余地はありません。その起源は、戦国期に三河から伝来し、江戸時代を通して当地の特産品となりました。特に、貴布祢の和泉屋は、浜北全域の織物製品を取り扱い、笠井の商人と共同して「笠井縞」後に「遠州縞」と称するブランドの基礎を築きました。明治以降、「遠州縞」はその品質に加えて当地の人々の営業努力によって全国区となり、昭和の高度成長期を支える産業の中核となるまでに成長しました。こうした発展の要因として、当地の人々の品質向上に向けた弛まぬ努力、丁寧で確かな技術の継承、マーケティングの充実等が挙げられます。また、これを支えたのが、学制発布後まもなく男女を問わない初等教育の充実を図った当地の教育力の高さでありました。この延長線上には、本校のルーツである「北浜裁縫女塾」の開校も位置付けることができます。この様な中で当地の人々が大切にしてきた理念や資質は、本校の教育にも脈々と受け継がれ、勤勉・誠実で社会に有用な浜名高生を世に送り出すことにつながっていると考えています。

 思えば、皆さんは、新型コロナウィルス感染症拡大の只中で本校に入学し、2年間は、様々な制約の中で学校生活を送ることを余儀なくされました。そして、3年生となった今年度は、コロナ禍であることを意識しながらも、新たな高等学校の在り様を模索する、大きな転換点となる1年を送りました。
 そのような中で、私が実際に目にしたのは、2,200人余りの観覧者を集めた学校祭で様々な催しを送り届ける姿、体育祭で選り抜かれた生徒による競技と生徒提案で始められた応援パフォーマンスで見せた躍動感と創造性溢れる姿、集会や授業等で自らの考えや体験を熱く語る姿、部活動において高い水準を意識して学問・芸術・スポーツに打ち込む姿、個人端末を活用して学びを深めたり、黙々と机に向かい自らの進路を切り開こうとしたりする姿など、一人ひとりが「二つなき日を」を大切に送ろうとしている毎日でした。そして、その背中は、在校生の心を突き動かすエネルギーとなり、先の「校則」を議題とした生徒総会に象徴されるように、本校が「令和の日本型学校教育」の具現化に向けて新たなステージの第一歩を踏み出したことを校内外に印象付けることとなりました。

 ところで、本年1月23日、アメリカの科学誌『原子力科学者会報』は、世界がどれほど破滅の危機に近づいているかを真夜中までの残り時間で表す「終末時計」において、過去最短の「残り90秒」と発表しました。東西の冷戦が終結した平成3年が「残り17分」であったことを思えば、昨今の国際関係や核問題に加えて気候変動など人類の存在を脅かす脅威は看過できないほどに高まっています。また、国内に目を向ければ、昨年の日本の名目GDP(国内総生産)がドイツに抜かれて世界4位に転落したことが2月に発表されるなど、今後の日本の行く末を不安視させる報道が相次いでいます。 一方で、令和3年後半以降、サービスを中心とした個人消費や、好調な企業収益を背景として設備投資が持ち直すなど、内需を中心に緩やかな景気回復を続け、先月末には東京株式市場で日経平均株価が史上最高値(さいたかね)を更新したと報じられました。また、大谷翔平選手の二刀流やワンピース・鬼滅の刃に代表されるアニメなど類を見ない日本人や日本文化にも世界の注目が集まっています。加えて、皆さんと同世代を対象に調査したOECDによるPISA(生徒の学習到達度調査)2022の結果によれば、日本の若者は数学リテラシーで一位、読解力で二位、科学的リテラシーで一位となって、その水準の高さを世界に示すなど、未来に明るい兆しをみせる側面もあることを忘れてはなりません。

 このように社会は限られた側面だけでは判断できず複雑化の様相を呈していますが、遠州織物を日本の基幹産業に育て上げた先達のDNAを受け継ぎ、転換点にある本校での三年間の学びを経た皆さんなら、柔らかな発想と変革する勇気を持ってより良い未来を拓き、社会に貢献できる人材となることを確信しています。感染症、自然災害、国際紛争など困難が相次ぐ21世紀の社会で、皆さんのような活力ある若者が多方面で活躍し、先ほどの「終末時計」の針を戻す原動力となることを、世の中は大いに期待しています。
 結びに、本校創立111年で初めて卒業証書に名前を刻んだ先輩として、皆さんの人生に幸多からんことを強く願い、式辞といたします。